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ルビーの気まぐれ 第九話 北の国から(2)

 クリスマスイヴの前夜は粉雪が天を舞っていた。落葉が空中を散歩するかのように八の字を描きながら、白雪は鮮明な軌跡を残して落ちていく。時折、銀色に輝く粒子はアスファルトに着地しては姿を消した。路面も薄らっと白い膜を張り、トナカイの道を作り始めている。街角の赤い明かりもマユに包まれて、通り過ぎる恋人たちをほのかな光で照らしていた。
 溜息をつきながら、美奈子は中野のスーパーでカートをゆっくりと押し歩いていた。生鮮食品の冷蔵ケースの前で立ち止まり、豆腐のパックを手に取った。
「何故、今年はクリスマスイヴが金曜日なのかしら。会社もつぶれたし、イヴに修司と過ごせないなんて、呪われた年としか思えないわ。きっと、私の神様がサボっているのね!」
 白い豆腐に文句でも言うように、美奈子はパックをブツブツと睨んでいた。
そのとき、美奈子のすぐ脇で小さな女の子が騒ぎ出した。女の子は半分泣き顔で母親にケーキをおねだりしている。母親の手を強く引き、両足を踏ん張っていた。母親が仕方なさそうに、サンタクロースのケーキ売場の方に戻り始めると、女の子は目を輝かせてスキップをしながら母親の後についていった。
「そうか、神様は頼み込むものだったのね。グチじゃなく、お願いをすればいいのよ。そうすれば、金曜でもイヴくらいは修司も私と一緒にいてくれるはず。ハッピークリスマス作戦と名づけようかな」
美奈子はパックをカートに放り込み、胸の前で大きく十字をきった。急に目の色を輝かせ、カートを押しながら走り出し、レジに向かった。
 川村はマンションにはいなかった。職探しかと思いながら、美奈子はベッドの部屋に入り、明かりをつけた。珍しく片づいている。雑誌が重ねてある位置がタンスの前ではなく、ベッドの脇なのが少し気になった。
 それよりも、まずは旗の確認と、美奈子は枕を捲り上げた。でも、赤い旗はなく、息がつまった。枕を持った美奈子の右手は、ギブスをはめたように空中で固まった。次第に、涙が泉のようにあふれ始めた。水色のGカップのブラが寝そべっている。美奈子は膝の力が抜け、しゃがみ込んだ。可愛気のない巨乳仕様のブラは、どう考えても沙織のものだった。胸の中心に大きな氷山が流れ込んだようで、美奈子は意識がなくなりそうだった。
 両手を床につきながら、美奈子は再び神を恨んだ。若さとGカップを与える。あまりにもずる過ぎると、美奈子は心の中でキリストを十字架にはりつけ、紅蓮の炎で焼き捨てた。
 でも、まだ負けた訳ではない。イヴの夜を一緒に過ごせれば、問題はない。沙織も週末の壁は乗り越えていないはずと、美奈子は思った。今夜が勝負だと、美奈子は瞳を燃やしながら立ち上がった。水色の大きいだけで品がないブラを手に取り、ベッドの脇のゴミ箱に放り込んだ。勢い良く脱ぎ去ったピンクのショーツをブラの代わりに置き、上から枕を押し込むように被せた。足早に部屋を出てキッチンに向かい、美奈子は黙々と夕食を作り始めた。
 頭の中で沙織の顔に泥を投げつけながら、美奈子は力強く豆腐を切った。包丁に怒りをぶつけることで、水色のブラの映像を頭の中から消し去ろうとした。
三回目に切り込んだとき、豆腐の一部が薄っすらと朱に染まり、左手の人差し指に痛みを感じた。咄嗟に、美奈子は指を舐めた。
塩辛かった。涙に似たような味がじわりと舌一面に伝わると、何か馬鹿らしくなってきた。何で自分だけがこんな目に会うのだろうと、美奈子の目には再び涙が零れ始めた。
 食器棚の引き出しをあさった美奈子は、絆創膏を見つけた。指に巻いて血を止める。ふと美奈子は引き出しの中で、赤い光が揺れているのが気になった。ルビーのペンダントだった。美奈子はペンダントを手に取り、不思議そうに眺める。ルビーの台座には、「ロイヤル宝石」と、刻まれていた。
 美奈子はぞっとした。それまで、川村のことを何故好きになったのか良く分からなかった。でも、人を好きになるのに理由はいらない。ただ、そう思い続けてきた。
 春の頃に、夕日をバックにして窓際で立っていた川村を見たとき、目の前が急に真っ赤になった。好きになったのはそれからだった。それ以上の名分は思い浮かばない。ハッピークリスマス作戦はガラスの城のように崩れ去り、胸の中に空しさだけの砂塵が静かに舞い始めた。
 大きく溜息をついた美奈子は肩を落とした。ペンダントを睨みながら引き出しに叩きつけ、マンションを飛び出す。頬に当たる小さな雪が痛かった。涙も凍りつき、目尻に氷柱がぶら下がっている。どっちの方角に向かっているのか、美奈子には分からなかった。でも、走るしかなかった。
 夜空には月はなく、星もなかった。勿論、助ける神もいなかった。ただ、黒い魔術師だけが笑いながら美奈子の後をつけていた。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

Keyword : 小説 恋愛 ルビー

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