ルビーの気まぐれ 第九話 北の国から(5)
美奈子は無言で山中の助手席に座っていた。夏に乗った黄色いスポーツカーではなく、白いワゴンだった。車体の側面には大きく赤い文字で、『ケーキの山中』と、書かれていた。
到着ロビーで再会した二人は口を交わせなかった。お互いに微笑み会うだけで、四ヶ月の空白を埋める適切な言葉が見つからなかった。お互いの笑顔だけが最適なものだったのかもしれない。
夏に見えた緑の景色はなく、外は白一色だった。粉雪が吹雪いており、前方も十メートルくらいしか先が見えなかった。どこが道路なのかも分からない。ただ、空中にぶら下がっている赤い矢印だけが、行く道を示していた。
「ねえ。宝って、道路だったの?」
「そうさ、道が分からなかったら、最悪死ぬからな。冬の北海道では一番の宝だろう」
左手をハンドルから放した山中は、指を一本立てながら笑った。
美奈子は山中の立てた指を両手でそっとつかんだ。
「やっぱり、神秘的な国!」
「いや、これも日本なんだ!」
赤い矢印が二人の空白の時を埋めた。夏の頃の熱い風が蘇り、どことなく気まずかった雰囲気は流れ去った。山中の住んでいる街へと続く赤い矢印は、二人にとって本当の宝だった。
それから、美奈子はケーキ修行の話を山中に聞き始めた。
「もう、モンブランは作れるの? 朝はナポレオンパイなの」
「イチゴのショートケーキだけさ」
「えっ、マジなの?」
顔を顰めながら、美奈子は山中を覗き込んだ。
「そう焦るなって、一つ一つやっていくさ」
「じゃあ、待っているからね」
美奈子は子供のような無邪気な表情を作った。
「ああ、がんばるよ。春になったら、また呼ばなきゃな」
「うんうん、呼ばなくてもいいの」
「食べてくれないの?」
「違うの。春までお店手伝いたい! ずうっとかも・・・・・・」
山中は急ブレーキを踏み、スタッドレスのタイヤはずるずると音を立てながら二十メートルくらい滑って車は止まった。ハンドルを左に切ったせいで、赤い矢印の境界線をはみ出している。目を大きくしながら、山中は美奈子に振り向いた。
「今、何って言った?」
「女に何回も言わせないの!」
「北海道で暮らすってことか?」
「夏に誘ったでしょう?」
澄ました顔で、美奈子は山中を見つめた。
「そうだけど、まあいいさ。オフクロも喜ぶしな」
山中はそっと美奈子を抱き寄せ、優しく唇を吸った。
日はすっかり落ちていたが、ヘッドライトが粉雪に当たり、ミラーボールのような華やかな光りが二人を包み込んでいた。
到着ロビーで再会した二人は口を交わせなかった。お互いに微笑み会うだけで、四ヶ月の空白を埋める適切な言葉が見つからなかった。お互いの笑顔だけが最適なものだったのかもしれない。
夏に見えた緑の景色はなく、外は白一色だった。粉雪が吹雪いており、前方も十メートルくらいしか先が見えなかった。どこが道路なのかも分からない。ただ、空中にぶら下がっている赤い矢印だけが、行く道を示していた。
「ねえ。宝って、道路だったの?」
「そうさ、道が分からなかったら、最悪死ぬからな。冬の北海道では一番の宝だろう」
左手をハンドルから放した山中は、指を一本立てながら笑った。
美奈子は山中の立てた指を両手でそっとつかんだ。
「やっぱり、神秘的な国!」
「いや、これも日本なんだ!」
赤い矢印が二人の空白の時を埋めた。夏の頃の熱い風が蘇り、どことなく気まずかった雰囲気は流れ去った。山中の住んでいる街へと続く赤い矢印は、二人にとって本当の宝だった。
それから、美奈子はケーキ修行の話を山中に聞き始めた。
「もう、モンブランは作れるの? 朝はナポレオンパイなの」
「イチゴのショートケーキだけさ」
「えっ、マジなの?」
顔を顰めながら、美奈子は山中を覗き込んだ。
「そう焦るなって、一つ一つやっていくさ」
「じゃあ、待っているからね」
美奈子は子供のような無邪気な表情を作った。
「ああ、がんばるよ。春になったら、また呼ばなきゃな」
「うんうん、呼ばなくてもいいの」
「食べてくれないの?」
「違うの。春までお店手伝いたい! ずうっとかも・・・・・・」
山中は急ブレーキを踏み、スタッドレスのタイヤはずるずると音を立てながら二十メートルくらい滑って車は止まった。ハンドルを左に切ったせいで、赤い矢印の境界線をはみ出している。目を大きくしながら、山中は美奈子に振り向いた。
「今、何って言った?」
「女に何回も言わせないの!」
「北海道で暮らすってことか?」
「夏に誘ったでしょう?」
澄ました顔で、美奈子は山中を見つめた。
「そうだけど、まあいいさ。オフクロも喜ぶしな」
山中はそっと美奈子を抱き寄せ、優しく唇を吸った。
日はすっかり落ちていたが、ヘッドライトが粉雪に当たり、ミラーボールのような華やかな光りが二人を包み込んでいた。
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