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ルビーの気まぐれ 第九話 北の国から(6)

 春になり、二人は結婚することになった。美奈子の招待客のことを考えて、札幌のホテルで式を挙げることにした。小樽よりは、東京から来やすいだろうと考えたからだ。
 四月だというのに、まだ外は吹雪いており、桜の咲く気配もなかった。でも、二人の心の中にはそよ風が吹いていた。
 式は神前だったので、美奈子の最初の衣装は鶴の絵羽模様の内掛けだった。披露宴が始まった頃は、帯できつく腹を締めつけられていたせいで、目の前に出された至極のフレンチに手を出すことが出来なかった。美奈子は高砂で雛人形のようにおとなしくしているしかなかった。
 匂いだけ嗅がされて、美奈子は拷問よねと思った。けれども、それで良かったと考えた。花嫁が大きな口で料理を頬張る姿は絵にならないだろうと言い聞かせ、ただ見つめるだけで料理の艶やかな色を楽しむことにした。
 ケーキ入刀後に、白いウェディングドレスに着替え、腹は楽になった。これなら、ケーキを全部食べられるかもと、山中に耳打ちした。でも、使い回すものだから、食べられるように作っていないことをプロの山中に告げられて、美奈子は少し肩を落とした。
 グラスが崩れ落ちないかと、心配したシャンパンシャワーも無事に終え、美奈子は黄色のイブニングドレスに色を替えた。キャンドルサービスの始まりだった。円卓を一席ずつ回る最後のイベントは、やはり緊張した。
 いくつかのテーブルを回り、渚がいる島に辿りついたときには、少しほっとした。キャンドルに火が灯ると、渚の笑顔が現れ、テンションの高い声で祝福してくれた。でも、隣の席が二席空いていたのは寂しかった。
 色々あったが、川村と沙織も呼んでいた。やはり、潰れた会社で最後までがんばった同志だったからだ。来るような返事は本人たちからも直接貰っていた。
 二人以外の美奈子の招待客は前の日から来ていた。親戚たちは母親に任せ、美奈子は渚を時計台や羊ヶ丘に案内し、すすきのの日劇ビル脇のジンギスカン屋で食事をした。渚の話では、二人は当日の九時着の便で来るようなことを言っていた。六月に結婚することも聞かされた。
 美奈子はむっとしたが、流れからいって自然だろうと思うことにした。それに、自分の方が先に幸せになるのだから、もう二人のことは許して上げても良いかなと半分くらい考えることにした。
 だから、キャンドルに火をつけた後には、二人に笑顔を送ろうと心に決めていた。それなのに、二人はいない。胸の中に何か重い荷物が残ったようで、美奈子は崩した顔で溜息をついた。
 笑ったり、泣いたりしながら、人生最大のイベントは漸く終わった。やはり、お色直し二回は慌しく、殆ど高砂に座っていた記憶が美奈子にはなかった。
でも、終わったからといって、のんびりはしていられない。直ぐに、新千歳空港に向かわなければならなかった。ハネムーンへ飛び立つからだ。店のことがあるから、当日出発で韓国に三泊して帰ってくる予定だった。でも、美奈子はそれで十分だった。ハネムーンより、山中と店でケーキ作りをしていたほうが楽しいからだ。
 ホテルのバスで空港に近づくにつれ、何か異様な雰囲気が伝わってきた。車が東京の道のように渋滞している。普段は渋滞という言葉すら、縁がない場所だった。時間ギリギリでバスが空港に漸く辿りつくと、駐車場の入口には、『空港閉鎖中』と、大きな看板が立っていた。看板を見た車たちは渋々と引き返しているようで、それが渋滞の原因だった。
 バスの運転手がラジオを入れた。羽田発九時着の便が、着陸に失敗して炎上したとアナウンサーは繰り返し騒いでいる。イラク派兵問題の報復テロの可能性もあると熱く語っていた。
 美奈子は脳みそが爆発しそうになった。心臓も破裂しそうな勢いで、川村の顔が頭の中をグルグルと回り出し、川村の顔が弾け飛ぶと、「途轍もない災いが訪れる」という占い師の言葉が浮かび上がり、美奈子は身が震えた。
 右手のルビーを眺め、美奈子は自分の気まぐれで人が何人も死んだのではないかと、暫く悩んだ。でも、そのときは真剣だったはずと胸を張った。けれども、直ぐに山中の胸の中に飛び込んで、溢れる涙を垂らしながらこの人だけは放すもんかと、山中の体を強く抱きしめた。
 山中もそっと両手を美奈子の背中に添えた。ゆっくりと体温を伝えるかのように壁となり、暫く美奈子の体を支えていた。
 空には風はなかった。塵のように細かいパウダースノーが天より揺れ落ちている。路面のグレー掛かったアイスバーンを真綿色で染め直していく。全てを白いキャンバスにリセットするかのように、辺り一面を静かな音で埋めていくようでもあった。
 ただ、黒いローブだけは白に染まらず、駐車場脇の看板から不気味な笑いを浮かべている魔術師は、札幌方向に戻り始めた美奈子のバスを見つめていた。

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Keyword : 小説恋愛ルビー

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