1カラットの奇跡 第四話 赤い星のプレゼント(1)
その翌日、前日は久しぶりに競馬場まで足を伸ばしたので、和也は疲れていた。月曜日だが、休みたかった。しかし、高志に仕様の説明をする約束をしていた。それ故に、彼は休む訳にはいかなかった。
午後の定例ミィーティングが終わった後、和也と高志は会議室で打ち合わせをしていた。
前週に浩二と仕上げた仕様を、彼にプログラミングさせる為だった。
システム開発では、SEとプログラマに役割が大きく分かれている。SEがシステムを設計して仕様書を書く。その仕様書に従って、プログラマがプログラムを作成する。その作成したプログラムをSEが動かして動作を確認する。それが、システム開発の流れだった。
和也は眠たかったので、高志に適当に説明していた。そのとき、彼の眠気を覚ますように、ネクタイの下のペンダントから、また薄青い閃光が放たれて、隙間から漏れているのを彼は見た。高志は気がついていない。やはり、気のせいなのかと彼は考えた。
高志は不安だった。何故なら、和也の説明の殆どが、良く読んどけという程度で、あまり説明になっていない。特に、消費税の法改正については、もっと話を詳しく聞きたかった。それ故に、彼はその部分の処理について質問を始めていた。
そのとき、GⅠファンファーレの着メロが会議室中に突然響き渡った。和也は高志の質問を途中で止めて、会議室を出た。そして、電話を取った。
「覚えていましたか。優希です」
「えっ、ああ、覚えている」
忘れかけていた優希の声を突然聞いた和也は、驚いていた。咄嗟に返事をするのが、精一杯だった。
「本当ですか。私を忘れないでいてくれて、嬉しい。また横浜に来ました。夜七時に、この前のホテルまで、迎えに来て下さいね」
「ヨッシャー、わかった」
和也は裕子との付き合いで、若い娘と出掛けることへの抵抗感が無くなっていた。それに、その前に会ったときに、その日のことを約束している。何よりも、あの日、車の中で眠っていた優希の姿に、彼は都会の娘に無い新鮮さを感じた。彼女のことが心の底で気になっていた。だから、裕子のことも、あまり早急に前に進む気にはなれなかった。
電話が終わると五時になっていた。そして、和也は会議室に戻った。
「高志。いちいち質問等せずに、書いてある通りに作れば問題ない。俺は忙しいので帰る。後はよろしく頼んだぞ!」
和也は、そう言うと足早に会議室を出て会社を引き上げた。
そして、高志は頬を膨らませていた。
和也は自宅に着いた。彼は、よそ行きのスーツに着替えている。そして、車でレッドスターホテルに浮き浮きと向った。
車をホテルの地下の駐車場に入れて、和也はロビーへ向うエスカレータを上っている。
ロビーの奥には、D&Zの黒いシルクのギャザー入りブラウスに、フレアストレッチパンツをはいている優希が一人で立っていた。
優希は、和也を見つけると、ゆっくりと彼に向って歩き出していた。そして、彼女は白い歯の薄明かりが漏れるように微笑んだ。
「お久しぶりだね」
「ああ、元気だったか」
「はい。この日を楽しみにがんばりました。何かご褒美を下さいね」
「えっ、図々しい娘だ。ヨッシャー、わかった。ご褒美をくれてやる」
二人は、明るいライトに照らされているロビーで再会を喜び合っている。一月前の思い出が、前日のように蘇っていた。
和也が駐車場に向って歩き出した。そして、優希はそっと右手を彼の左腕に後ろから添えた。
和也はドキッとして、優希の顔に振り返った。
「あっ、これもご褒美だね」
優希は少し舌を出して、首を斜めに可愛らしく傾けていた。
その仕草に和也は、愛しさを覚えて、胸の奥から熱いものが湧き出した。そして、彼は自然にエスコートをするようにエスカレータを、一緒に降りていた。
優希は、和也の車のシートに、心が弾んで座った。
「あ~、最初から助手席だね。私、荷物ではないぞ!」
両手を広げて助手席のダッシュボードをつかみ、優希は頬を擦りつけて、目をうっとりとして囁いている。彼女の仕草は、そこは私の席と主張するようで、荷物から漸く昇格した喜びを表現していた。
和也は、その姿をじっと見守って笑っている。優希の無邪気で天然的な行動は、彼の心を引き込み始めていた。
暫くすると、車は駐車場から出た。夜の首都高を東京方面に向っている。道は空いていた。きついカーブの少ない横羽線を、和也は軽快にアクセル全開で飛ばしている。車内には、ダイヤモンドがテンポ良く流れていた。
和也は、その頃の流行曲は聞かなかった。若い頃、彼はその曲が好きだった。何か、力を与えられる。だから、その曲を、それまで彼は聞き続けていた。
和也は、リズムを取って運転をしていた。だが、優希の顔は真っ青だった。彼は心配そうに尋ねた。
優希はスピードが苦手なことを打ち明けた。彼女は遊園地のジェットコースターも苦手だった。
和也は優希を気遣って、ギアを落とした。そして、のんびりと走る高速も、たまには良いものだった。光の線にしか感じなかった夜景が、二人には普段とは異なる景色に見えている。彼女の顔にも元気が戻っていた。
車は、芝浦でレインボーブリッジを渡って、お台場で高速を降りた。ライトアップされていた東京タワーと七色に輝く橋が融合して、光のショーを演出している。
優希は、その夜景を、うっとりと眺めて心を躍らせた。彼女は、生まれも育ちも佐世保で、海に囲まれた自然の中で、それまで暮らしていた。その街は静かで、夜になると明かりは月と星だけになる。辺りには華やかなところは何もなく、コンビニさえも、車で行かないといけない。人の気配もなく、あるのは虫や蛙の鳴き声だけだった。
そして、優希の店の従業員は、皆女性だった。それでは、男性と巡り合う可能性も少ない。その街には、彼女に刺激的なものは何もなかった。月に一度ある横浜出張が、彼女に取ってささやかな楽しみだった。しかし、男の知り合いもいない彼女は、夜を持て余していた。高校の先輩の佳子と、たまに中華街をぶらつくことが、彼女には精一杯だった。
ところが、ずっと憧れていた光あふれる街に、優希は居る。しかも、憧れていた年上の男性の助手席に座っている。思春期の頃に思い浮かべたイメージと同じだった。心の底から、嬉しさが湧き出て、彼女は堪らなかった。時間よ止まってしまえと思った。そして、宝石の色のような光を発する大きな観覧車に、目をときめかせていた。
午後の定例ミィーティングが終わった後、和也と高志は会議室で打ち合わせをしていた。
前週に浩二と仕上げた仕様を、彼にプログラミングさせる為だった。
システム開発では、SEとプログラマに役割が大きく分かれている。SEがシステムを設計して仕様書を書く。その仕様書に従って、プログラマがプログラムを作成する。その作成したプログラムをSEが動かして動作を確認する。それが、システム開発の流れだった。
和也は眠たかったので、高志に適当に説明していた。そのとき、彼の眠気を覚ますように、ネクタイの下のペンダントから、また薄青い閃光が放たれて、隙間から漏れているのを彼は見た。高志は気がついていない。やはり、気のせいなのかと彼は考えた。
高志は不安だった。何故なら、和也の説明の殆どが、良く読んどけという程度で、あまり説明になっていない。特に、消費税の法改正については、もっと話を詳しく聞きたかった。それ故に、彼はその部分の処理について質問を始めていた。
そのとき、GⅠファンファーレの着メロが会議室中に突然響き渡った。和也は高志の質問を途中で止めて、会議室を出た。そして、電話を取った。
「覚えていましたか。優希です」
「えっ、ああ、覚えている」
忘れかけていた優希の声を突然聞いた和也は、驚いていた。咄嗟に返事をするのが、精一杯だった。
「本当ですか。私を忘れないでいてくれて、嬉しい。また横浜に来ました。夜七時に、この前のホテルまで、迎えに来て下さいね」
「ヨッシャー、わかった」
和也は裕子との付き合いで、若い娘と出掛けることへの抵抗感が無くなっていた。それに、その前に会ったときに、その日のことを約束している。何よりも、あの日、車の中で眠っていた優希の姿に、彼は都会の娘に無い新鮮さを感じた。彼女のことが心の底で気になっていた。だから、裕子のことも、あまり早急に前に進む気にはなれなかった。
電話が終わると五時になっていた。そして、和也は会議室に戻った。
「高志。いちいち質問等せずに、書いてある通りに作れば問題ない。俺は忙しいので帰る。後はよろしく頼んだぞ!」
和也は、そう言うと足早に会議室を出て会社を引き上げた。
そして、高志は頬を膨らませていた。
和也は自宅に着いた。彼は、よそ行きのスーツに着替えている。そして、車でレッドスターホテルに浮き浮きと向った。
車をホテルの地下の駐車場に入れて、和也はロビーへ向うエスカレータを上っている。
ロビーの奥には、D&Zの黒いシルクのギャザー入りブラウスに、フレアストレッチパンツをはいている優希が一人で立っていた。
優希は、和也を見つけると、ゆっくりと彼に向って歩き出していた。そして、彼女は白い歯の薄明かりが漏れるように微笑んだ。
「お久しぶりだね」
「ああ、元気だったか」
「はい。この日を楽しみにがんばりました。何かご褒美を下さいね」
「えっ、図々しい娘だ。ヨッシャー、わかった。ご褒美をくれてやる」
二人は、明るいライトに照らされているロビーで再会を喜び合っている。一月前の思い出が、前日のように蘇っていた。
和也が駐車場に向って歩き出した。そして、優希はそっと右手を彼の左腕に後ろから添えた。
和也はドキッとして、優希の顔に振り返った。
「あっ、これもご褒美だね」
優希は少し舌を出して、首を斜めに可愛らしく傾けていた。
その仕草に和也は、愛しさを覚えて、胸の奥から熱いものが湧き出した。そして、彼は自然にエスコートをするようにエスカレータを、一緒に降りていた。
優希は、和也の車のシートに、心が弾んで座った。
「あ~、最初から助手席だね。私、荷物ではないぞ!」
両手を広げて助手席のダッシュボードをつかみ、優希は頬を擦りつけて、目をうっとりとして囁いている。彼女の仕草は、そこは私の席と主張するようで、荷物から漸く昇格した喜びを表現していた。
和也は、その姿をじっと見守って笑っている。優希の無邪気で天然的な行動は、彼の心を引き込み始めていた。
暫くすると、車は駐車場から出た。夜の首都高を東京方面に向っている。道は空いていた。きついカーブの少ない横羽線を、和也は軽快にアクセル全開で飛ばしている。車内には、ダイヤモンドがテンポ良く流れていた。
和也は、その頃の流行曲は聞かなかった。若い頃、彼はその曲が好きだった。何か、力を与えられる。だから、その曲を、それまで彼は聞き続けていた。
和也は、リズムを取って運転をしていた。だが、優希の顔は真っ青だった。彼は心配そうに尋ねた。
優希はスピードが苦手なことを打ち明けた。彼女は遊園地のジェットコースターも苦手だった。
和也は優希を気遣って、ギアを落とした。そして、のんびりと走る高速も、たまには良いものだった。光の線にしか感じなかった夜景が、二人には普段とは異なる景色に見えている。彼女の顔にも元気が戻っていた。
車は、芝浦でレインボーブリッジを渡って、お台場で高速を降りた。ライトアップされていた東京タワーと七色に輝く橋が融合して、光のショーを演出している。
優希は、その夜景を、うっとりと眺めて心を躍らせた。彼女は、生まれも育ちも佐世保で、海に囲まれた自然の中で、それまで暮らしていた。その街は静かで、夜になると明かりは月と星だけになる。辺りには華やかなところは何もなく、コンビニさえも、車で行かないといけない。人の気配もなく、あるのは虫や蛙の鳴き声だけだった。
そして、優希の店の従業員は、皆女性だった。それでは、男性と巡り合う可能性も少ない。その街には、彼女に刺激的なものは何もなかった。月に一度ある横浜出張が、彼女に取ってささやかな楽しみだった。しかし、男の知り合いもいない彼女は、夜を持て余していた。高校の先輩の佳子と、たまに中華街をぶらつくことが、彼女には精一杯だった。
ところが、ずっと憧れていた光あふれる街に、優希は居る。しかも、憧れていた年上の男性の助手席に座っている。思春期の頃に思い浮かべたイメージと同じだった。心の底から、嬉しさが湧き出て、彼女は堪らなかった。時間よ止まってしまえと思った。そして、宝石の色のような光を発する大きな観覧車に、目をときめかせていた。
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