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ルビーの気まぐれ 第三話 白馬の王子(1)

 ゴールデンウィークも終わり、五月の半ばを過ぎていた。金曜日の夕暮れの新宿はお祭りの境内を埋め尽くすほどの人出だった。
思う方向に中々進めない。それでも、美奈子は久しぶりの開放感を満喫していた。人の流れに身を任せ、ゆっくりと新宿の街を歩く。ホテルのWEBも無事に納品した。クライアントからの帰り道は鎧を外したように全身が軽かった。時刻も十八時に近かったので、直帰することを会社には連絡した。
 美奈子はいつも寄っていたデパートを素通りした。両手を大きく上げ、全身を伸ばしながら東口のロータリーを抜ける。人の波に続き、南口にある緑色のビルの前に着いた。
ビルの中からは美奈子の心を誘うように、F1の音楽とBIGの嵐を告げる館内放送が喧しく路上に零れ出ていた。スロッターの聖地だった。
 美奈子は店の前に貼られている『設定5・6大量投入』の張り紙に胸をドキドキとさせた。自然と地下のフロアーに吸い込まれる。
フロアーでは多くの台の飾りランプの渦が踊り歩いていた。ほとんどの台の棚の上にはドル箱が山のように積まれている。銀色に輝くサクサクのコインたちが、溢れるばかりに、ニコニコと微笑みかけるようだった。
美奈子は口を開け、ときめかせた大きな瞳で胸を抱えながら辺りの状況を伺った。怒鳴るような館内放送も嵐のように耳を吹き抜け、美奈子は夢を大きく震わした。
 フロアーはほぼ満席だった。どこかに座われないかと、キョロキョロしながら音響とフラッシュの中をうろついた。奥の方の隅に空き台が一つある。マジカルランプAだった。美奈子はラッキーと思い、素早く台に近づいた。
 空き台の右隣にはグレーのスーツを着たサラリーマン風の男が座っていた。男は筋肉質で体格が良く、三十代くらいだった。スポーツ刈の頭が楽しそうに揺れている。棚の上にはドル箱が三箱もある。三千六百枚くらいのコインを出して浮かれているのだろう。
(私も出すわよ!)
立ち止まった美奈子は心の中で右手を高らかに上げた。でも、スポーツ刈の頭が何となく気になった。首を傾げ、右手の人さし指を顎につけながら考え込んだ。
 美奈子の頭の中を、稲妻が横一列に走り抜けた。まるでボーナス告知のフラッシュランプのようだった。男は山中に間違いない。あれから、連絡は一つもなかった。納期に追われ、忘れかけていた。絶好のチャンスだと思った。五万円は出している。請求額の半分だったが、積んでいるドル箱を没収してやろうと、美奈子はにやりと目を躍らせた。
 美奈子はハンドバックからシルバーフレームに黒いレンズのサングラスを取り出した。レンズの縁には雫のような模様が数滴ついている。静かにサングラスをかけ、忍者が忍び寄るように歩き出した。山中の隣の席に腰を下ろし、草むらに隠れるように息を顰めた。
 山中は美奈子に気づいていないようだった。それより、夢中でBIGゲームを消化している。リプレイ外しを、玄人のような手つきでズバズバと決めていた。
(出すだけ出せばいいわ。全部私のものだからね)
 心の中で笑いながら、美奈子は頃合を見計らって捕まえようと考えた。静かに自分の台を回し、美奈子は笑みを堪えた。
 二千円を入れたところで、単チェリーが落ちてきた。7と魔法のランプの絵柄が斜めに並ぶ、鉄板のリーチ目も確認した。
(貰った!)
 美奈子は心の中ではしゃぎながら、山中をサングラス越に横目でちらりと見た。ゆっくりとドラムを回し、REGをそろえにかかった。右リールでREGは滑る。BIG確定なのだから、当然だった。
 わざと溜息をつき、美奈子は首を傾げた。止まった絵柄を見つめながら、獲物がかかるのを待った。
 すると、美奈子のプレイを覗いていた山中が話しかけてきた。
「そろえましょうか?」
「えっ、あっ。お願いします」
 歯を食いしばり、美奈子は心の中でほくそ笑んだ。
 山中は左手を伸ばしてリズミカルにBIGをそろえた。中央のラインに胸を張るように7が並んでいる。山中は自慢気に美奈子の顔を眺めて左手の親指を立てていた。
 BIGを告げるアラビアンナイトの音楽に乗りながら、美奈子はサングラスを華麗に外した。眉を揺らし、微笑みながら、山中の顔を覗き込んで瞳を大きく見開いた。
「お久しぶりですね、山中さん。伊藤ですが、覚えていますか?」
 目を大きくして頬を引きつらせながら、山中は顔全体が凍りついている。言葉も出ないようだった。山中は急に立ち上がって逃げようとした。
 間髪入れずに、美奈子は山中の左手を両手でつかんだ。にんまりとしながら口を開いた。
「ちょっと待って下さい。ドル箱を置いていくのですか。それと、単チェリーが落ちていますから、まだ、続けた方がいいですよ。同じスロッターの情けで、ボーナスゲームを消化するまで待ちますから」
 山中は首を上下させてドル箱と単チェリーを確認した。頬にシワを寄せて渋々と無言で腰を下ろした。
 美奈子は手を放し、右手を山中の左膝の上に置いた。山猫のように笑った瞳で山中を見る。逃げられないように、強く爪を立てながら獲物を押さえ込んだ。左手では自分の台のボーナスゲームを消化し始めた。
 美奈子の顔をちらっと見て、山中は淡々とドラムを回した。慣れた手つきで、7をそろえ始める。でも、右リールの7が滑った。面白くなさそうに、山中は軽くハンドルを叩いた。テンポ良くREGをそろえ始めるが、右リールでまた滑る。山中は眉間にシワを寄せて美奈子の顔を眺めた。
 美奈子は慌てながら右手を伸ばし、下皿のコインを取り出した。手際良く、山中の台に三枚のコインを放り込んだ。
 いきなり、大魔人が天から高笑いをするような音楽が地鳴りのように響き出した。台の左上の魔法のランプの絵柄も大きく輝いている。ランプチャンスの到来だった。
 山中の表情は明るくなって笑いながらゲームを再開した。面白いように魔法のランプ絵柄のシングルボーナスがそろい、台は狂ったようにコインを吐き出した。三千五百枚出したところで、ランプチャンスは終わった。
 ニコニコしながら美奈子は立ち上がり、山中の肩を軽く叩いた。台の上のコールランプを押し、店員を呼んだ。
 店員はドル箱を運び、コインを計数カウンターに流した。七千百枚と打刻されたレシートを山中に渡して頭を下げた。
 浮き浮きと山中の手を引きながら美奈子は歩き出した。景品カウンターで金の地金と交換させ、店の裏にある交換所へ鎖を引くように連れ歩いた。
 山中は無愛想なおばさんから十万円を受け取った。胸の前で名残惜しそうに札束を握り締めている。懇願するような目つきで、美奈子の顔を見つめていた。
 美奈子は頬を膨らせながら、首を大きく横に振り、両手を前に差し出した。
「さあ、早くよこしなさい。弁償金だからね!」
「いや、ちょっと待ってくれ。メールでも連絡した通り、オレには払う義務はないと思うよ」
「何を言っているの。私はね、怪我をさせられたのよ。警察に連絡をすれば、あなたは傷害罪になるわ。ブタ箱に入りたいの!」
「いや、あの、分かったよ。渡せばいいのだろう」
 山中は札束を美奈子の頭上にゆっくりと差し出した。
 舌を出しながら両手を上げ、目を輝かせた美奈子は札束を取ろうとした。
 急に、山中は沈み込んだ。美奈子の左脇を、カエルがジャンプするように走り抜けた。
 美奈子が急いで振り返ると、山中は既に五メートル前方を走っている。美奈子は、「ハヤッ」と、口に出した。それより、捕まえなければいけない。ルビーでしもべにしてしまえば簡単だわと思い、右手を大きく上に伸ばし、頭上にルビーをかざした。
 ルビーは交換所の蛍光灯の光を吸収し、大きく輝き始めた。一秒もしないうちに、ルビーから強烈な閃光が放たれた。赤い糸が素早く山中の頭を捕らえ、衝撃を与える。糸の先は首から肩を走り抜け、山中の右手の小指に絡みついて消えた。
 山中はバランスを崩して大きく前方に転がった。膝を歩道のブロックに打ち据えたようだった。左足を押さえながら路上に横たわっている。
 美奈子はゆっくりと胸を張りながら近寄った。地面に散らばっている一万円札を手際良く集め、素早く財布にしまった。頬を大きく広げながら山中の顔を覗き込んだ。
「素直に渡せば、怪我なんかしなかったのに」
 山中は顔を顰めている。ゆっくりと立ち上がってシャツのほこりを両手で軽く払った。背筋を伸ばして深くお辞儀をした。スポーツ刈が坊主頭のようで、浮気のばれた亭主が反省を示すようだった。
「つい、魔が差してしまった。ごめん。そのお金はもういいよ。手間を掛けたお詫びに、これからディナーでもどう?」
 山中の手を返したような素直な態度に、美奈子は満足した。
(ルビーの力はさすがだわ。でも、どうしようかしら。お金を回収したから、用は済んだけれど、ひょっとしたら、まだ何か絞り取れるかな。ルビーの力をもっと見るには、ちょうどいい機会よね。それに、この人の雰囲気は高校の時の橋口先輩にも似ているし・・・・・・)
「当たり前よ。さあ、早く案内しなさい!」
 山中は左足を引きずりながら歩き出した。
 大きな口で笑いを浮かべ、美奈子は鼻を高くしながら堂々と後に続いた。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

Keyword : 小説恋愛ルビー

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No title

宝石の魅力を感じますね。
なんというのですかね。ルビーに限らずかもしれませんが、宝石にご利益があると思わせるような感じの文章が良いですね。
今までまったく宝石には興味なかったですが、ちょっと興味そそる文章ですね。

Re: No title

LandMさん、コメントありがとう♪
ルビーの魔力を示すこのシーンはけっこう苦労して書いたところです。
1ct以上の大きな宝石は見ているだけで、不思議な気分になりますよ(^0^)/
プロフィール

夢野広志(むのひろし)

Author:夢野広志(むのひろし)
小説の夢見へようこそ♪
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