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ルビーの気まぐれ 第三話 白馬の王子(2)

 山中は人の流れを切り開いて東口のロータリーを抜けた。デパートの前を通り過ぎる。大きな赤い星のマークが入口の上に飾られているホテルの前で立ち止まった。
 美奈子は顔を曇らせた。先ほど、納品を終えて出て来たばかりのレッドスターホテルだった。
 山中は美奈子の方に振り返り、眉を広げながらホテルを右手で指している。
「そこに泊まっているのだけれど、カップルディナーは雑誌にも紹介されるくらいに評判がいい」
(そんなことは分かっているわ。その評判を、更に盛り上げる為に苦労してきたのだから。明日から三千円の特別キャンペーンをやることも知っているのよ。でも、入りたくないわね。営業部長の星野さんに見られたら気まずいからね)
「あら、意外と田舎の人なのね。雑誌に載っていることを簡単に信じ込む。雑誌なんかはね、お金を払えば、いくらでもいいように書いてくれるものよ」
「そんなことはないさ。オレの舌で確認済みだから。食べ物に関してはプロなんだ。特にデザートのスイーツは最高なのさ。毎回、勉強になるし。騙されたと思って黙って食べてみなよ」
「嫌よ。もっとオシャレなお店に行きましょうよ」
 そう言い終らないうちに、美奈子は後ろから肩を叩かれた。
「伊藤さん、ずいぶんですね。うちのホテルは新宿一のオシャレなホテルですよ。そういう風に、WEBにも大きく入れて貰いましたよね」
 美奈子は驚き、後ろを振り向いた。心臓が凍りつくように、全身が固まった。冷や汗が額に浮かび上がる。星野が苦い表情で立っていた。
 美奈子は反射的に素早く頭を下げた。
「いや、あの、申し訳ありません。この人は田舎ものなので、ちょっと冗談を言っていただけなのです。それより、WEBサイトのリニュアールおめでとうございます。お祝いに彼を連れて来たのです。カップルディナーを試食しようと思いまして・・・・・・」
 山中は目が点になっている。
 星野は満足そうに笑顔を浮かべている。
「ははあ、それは有り難いですね。明日からですが、伊藤さんだから特別に手配しましょう。お値段もね」
「さすがに部長さんは太腹ですね!」
 顔中一面に営業スマイルを作り、美奈子は心の中で大きく溜息をついた。
 星野の後に続き、二人はホテルのレストランに入った。

 流れ星のようなシャンデリアに飾られたレストランの店内は、月面のうさぎが夕食をのんびりと楽しむような雰囲気だった。優雅に揺れ響くハープの囁きも胸に心地良く、心が宇宙の彼方に連れて行かれる。窓際から見下ろす街の夜景は天の川に浮かぶ小船に乗ったようで、王族の気分を味わうようだった。
 二人は向かい合った席に座りながら、店から出された白ワインでグラスを鳴らした。チーズ風味でまぶされたサラダのレタスを、口に入れ始めた。
 不思議一杯の表情の中で、山中は大きな目玉を浮かべていた。
「ねえ、君は何者なのさ。このコースは一万円のはず。ワインまでついて三千円でいいとは驚いたね。しかも、一般客は座れない席だよ!」
「お姫様よ!」
 山中は噴出した。全身を揺らして大きく笑っている。顔は歪んで涙を零していた。
 美奈子は目を山にしながら顔を前に乗り出し、フォークとナイフを上に向けた。
「何よ、そんなに大笑いすることはないでしょう。軽いジョークなのだから。私はただのWEBデザイナー。このホテルは私のクライアントさんなの。昼間、納品を済ませたし、前からこの席に座りたいって言っていたから、ご褒美か何かで手配をしてくれたのだと思うわ。このコースは明日からキャンペーン価格なの」
「なんだ、出入の業者だったのか。しかし、WEBデザイナーとは意外。どこかのアネゴさんかと思ったね」
 山中は左手を軽く前に出してクールな表情をしている。
 唇を窄めながら、美奈子はぷいっと顔を横に向けた。
「酷いわ。私はアーティストなのだからね」
「そうむきになるなよ。軽いジョークなんだから」
 山中は再び顔を揺らして笑っている。
 白いシャツに黒い蝶ネクタイをしているウエイターが、ワゴンを静かに押して近づいてきた。皿をテーブルの上に置く。皿の中の白いクリームから湯気がうらうらと上った。カルボナーラだった。
 美奈子は気を取り直し、ふわふわのクリームに目を取られた。甘いスイーツの生クリームを連想させるようで、早く口に入れたいと思った。フォークで軽く巻き取り、一口味わった。クリームの奥に隠されたミルクの微かな甘さが口中にぽか~んと広がった。美奈子は目を潤ませ、至福の響きを味わった。
 山中も目つきを変えて真剣に味わっているようだった。舌を口の中で小刻みに動かして、何かを探るようでもあった。
「あっは。山中さんって、面白い食べ方をするのね」
「いいだろう。味の研究をしているのだから」
「そういえば、山中さんこそ何者なの。確か、一流製菓の社員よね。でも、所属は北海道。何故、東京の街をうろうろしているのかしら。あっ、分かったわ。リストラされて職探しなのね」
「おいおい。それこそ、失礼だろう。これでも、一部上場会社の社員だぞ。新製品の開発を任されているから、月一の割合で東京本社に顔を出さなければならないのさ。一応、主任だからな」
「ふう~ん、偉いのね」
「そんなに偉かったら、お前が行って来いと部下に言うよ。今頃は、北海道でのんびりと星でも眺めていたさ。サラリーマンは辛いものだな」
 顔を暗くして、山中は寂しそうに下を向いていた。
 ウエイターが笑顔でメインディッシュの伊勢海老を運んできた。黄金色が所々に散らばっている白い身は今にも弾けそうで、ぷるりと飛び出しそうな勢いだった。
 美奈子は山中の顔にちらっと目をやり、フォークの先で揺れる白い欠片を口に含んだ。じわっとした甘い香りが口一面に広がる。心の中にも大きな太陽が灯った。
「ねえねえ、星なら東京でも見えるわよ。ほら、北の空三十五度に大きく輝く星が北極星よ。新宿は高いビルが多いから、これぐらいの場所に上らないと見えないけれどね。その真下の地平線すれすれにカシオペヤのW。あれ? その左へ大分行った所に火星や金星も見えるはずなのだけれど、今日は見えないわね」
「ははっあ、北海道ならいつも見えるよ。こんな高い所に上らなくてもね。それに、ケフェウスやアンドロメダも見えるのさ」
「何それ?」
「カシオペヤの家族で、北の空には一年中見える周極星座さ。ケフェウスは旦那でエチオピアの王様。アドロメダは娘さ。ギリシャ神話では、ペルセウスが天馬ペガサスに乗ってアンドロメダを助けに来る。お子様には白馬の王子様と言ったほうが、分かりやすいかな」
「へ~え、家族で北極星の周りを回っているのね。白馬の王子様か。それじゃ、私はアンドロメダかな?」
「ぷっ、まだ、お姫様なのか」
「いいじゃない、想像するくらい。私の勝手でしょう」
「はいはい、どうぞご自由に」
 山中の顔には笑顔が戻り、二人は笑い声を浮かべながら、海老を綺麗に平らげた。
「ところでさ、あのときの黒い長髪の佳代さんとかは、彼女なの?」
「聞きにくいことをズバズバ言うね」
 山中は困惑の表情をしている。
 フォークを前に突き出し、目を光らせた美奈子は山中の顔をじっと見つめた。
「ほら、被害者の私を置き去りにしてまで追いかけていたから、気になるのよ。その辺の事情を正直に説明してくれないと、私を当て逃げしたことを許さないからね」
「おいおい、今度は女刑事なのか?」
 目を細め、身を前に乗り出しながら、美奈子は耳を広げた。
「そうよ、私には知る権利があるからね。女の子はね、恋の話しには目がないの」
「あまり話したくないな。けれども、ブタ箱に入れられたのでは、かなわないからな。正確に言うと、佳代は彼女だった。本社の広報部の女で月一の出張で会っていたのさ。結局、あれから修復出来ていないな。本社で顔を会わせると無視されるから、最近は本社に顔を出すのも辛いよ」
 山中はうつろな目つきで話していた。
 大きな瞳で、美奈子は山中の顔を覗き込んだ。
「それって、まだ終わってないわ。がんばりなさいよ」
「いいのさ。オレの中ではもう終わっている。気ぐらいの高い女で扱いに疲れていたから、ちょうど良い機会だよ。そろそろ手仕舞いにしたい。もうこれぐらいで、この話しは勘弁してほしい」
 美奈子から目をそらした山中は、コップの水を一気に飲み干していた。
「一流会社のエリートさんも色々と大変なのね」
 美奈子は一人で首を縦に振り、同情の心が少し湧いてきた。
 ウエイターがデザートのスイーツを運んで来た。タルトの上に南米産のフルーツの白い果肉が、チーズクリームのように塗られていた。果肉の中で無数に広がる細かい種は、黒いダイヤのように漆黒の光沢を揺らめかせていた。
 山中は気を取り直したようで、頬を伸ばしながら両手を広げている。
「おお、これを待っていた。このスイーツの味は斬新で最高だよ」
「イエローピタヤのタルト。コロンビア産のサボテン科の植物の果実だわ。マスカットのような甘味で、しつこくない爽やかさ。そのみずみずしさは南国の青い海を思い浮かべ、ヘルシーでトロピカルなリゾート気分を誘い出すスイーツよ」
 美奈子はクールな表情で僅かな笑みを浮かべながら、山中の顔を覗いた。
 山中は目を見開いて美奈子の瞳を見つめている。
「やけに詳しいね」
「当たり前よ。このスイーツの特集ページを一ヶ月も考えてきたのだからね。最初は見たこともないフルーツを使っているから、頭を悩ませていたけれど、色々と調べているうちに愛着が湧いてきたわ」
 自慢気に、美奈子は胸をつんと出した。
 山中は首を傾げて少し考え込んでいる。
「そう言えば、WEBデザイナーだよね。どう、うちの仕事をやってみない?」
「えっ、いきなり何よ」
 美奈子は目を丸くした。
 山中は美奈子の顔に近づいて耳打ちするように囁いた。
「ここだけの話しだけれど、このフルーツを使った新製品を開発している。WEBでも、そろそろプロモーションを企画しないと行けないから、このフルーツに詳しいプランナーかデザイナーを探しているのさ」
「そういうことなら、是非、協力してあげるわ。そうそう、名刺、まだだったわね。もし、本当にやらしてくれるのなら、そこに連絡してね」
 美奈子は背筋を伸ばしながら座り直し、営業モードで軽く会釈を山中に送った。
 窓の外では雲が風で消え去り、大きな満月が輝いている。薄っすらとアドロメダも顔を覗かせて美奈子の背中に微笑みかけていた。

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