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ルビーの気まぐれ 第五話 星空の記憶(2)

 薄暗い雲海から飛び上がると、晴れだった。下界の激しく打ち据える水の鞭が夢のようで、穏やかなさざなみが果てしなく続いていた。空は澄み切ったブルーで、ふかふかの白いフェザーの上を寝転ぶように気持ちが良かった。
 美奈子はスチワーデスから貰ったオレンジジュースを片手に、ぼうっと窓の外を眺めていた。久々の太陽は眩しく、どんよりとした心を洗い流すように胸の中が晴れてきた。気流の流れも眠気を誘うように心地良かった。
 いつの間にか寝てしまった。小さな揺れで目を覚ます。窓の外の下には、鏡面のようにツルツルの海が広がっていた。鏡の縁は白く、シルバーグレーの砂浜が緩やかな大きな弧を支えていた。
 美奈子は胸がわくわくしてきた。苫小牧上空を過ぎている。十分くらいで到着だ。もう少しで、山中に会える。そう思うと、大きな口から白い歯を自然と零した。
 飛行機を降りた美奈子は到着ロビーへ足早に歩いていた。白地にピンクのトロッター柄のストレッチドレスは肌寒かった。袖があるものを着てくれば良かったと、美奈子はちょっぴり震えた。でも、ボディーを包み込むようなドレスのタイトラインと、胸の奥から溢れ出るハーブティーで体が温まった。
 黒いコンベアの上を流れている荷物を引き取った美奈子は、到着ロビーの自動ドアを通り抜けた。人込みの中にブルーの半袖のワイシャツを着た山中が立っていた。ワインレッドのネクタイが格好良く、頬を揺らしながら右手を軽く上げている。
「ようこそ、北海道へ」
「ちょっと、涼しいかな。天然のクーラーって感じだね」
 美奈子も左手を上げ、山中の手に軽く合わせた。
 二人はそのまま手を繋ぎ、駐車場に向かって歩き出した。
「はっはあ。東京から来た人は今が一番良い季節だからな。真冬だったら冷凍庫だぞ」
「冷凍庫じゃ、凍ってしまうわ。だから、冬はパスだね」
「でも、こっちの人間は冬の方が好きなのさ。白い雪がないと落ちつかない」
「寒くないの?」
「大丈夫さ。部屋の中はガンガンに暖房を入れるから三十度くらいになる。Tシャツと短パンでアイスをかじるのが最高だよ」
 美味しそうに、山中は左手でアイスをかじるマネをした。
 美奈子は山中の手を引いて立ち止まった。不思議そうな表情を浮かべ、山中の顔を覗き込んだ。
「何か、凄く無駄に思えるけれど。二十度くらいで厚着をすれば、暖房費も安いでしょう」
「いいのさ、それが北海道だよ。会社から暖房手当てが支給されるから費用は問題ない。それに、火を絶やすと部屋の中でも凍死するから中途半端では不味い。だから、ガンガンにするのさ」
 山中は大きな口を開けながら笑っている。口から零れ出た白い八重歯が優しく揺れていた。
 美奈子も天使のような微笑を返した。
 二人は結んだ手を小さく揺らしながら再び歩き出した。美奈子が引いているカートもゴロゴロと弾むような音を響かせ、一番下に積んでいる銀色のカメラバッグが飛び出しそうだった。
 駐車場に止まっている車は白いワゴンだった。車のボディーには、白雪製菓と大きな文字が入っていた。
 山中はサイドのドアをスライドさせて美奈子のカートを車の中へ押し込んだ。美奈子を助手席に乗せて運転席に座った。エンジンを掛けてゆっくりと車を走らせた。
 車は三十六号線を北上している。道は限りなく真っ直ぐで、車の数も東京に比べると少なかった。空港から遠ざかる。前方に車はなく、対向車もいなかった。道の周りには何もない。ただ、風で緑に揺れる草原が広がっていた。時折、玉虫色の大ウェーブが草原を走り抜け、地平線の向こうへと消えていった。
 道沿いに、五十メートルくらいの間隔で柱が立っていた。柱は無数に続いており、全ての柱から赤い下向きの矢印がぶら下がっている。
 赤い矢印は何かを知らせるような感じで、美奈子は凄く矢印が気になった。通り過ぎていく柱を目で追いかけながら美奈子は首を傾げた。
「ねえ、あの赤い矢印は何なの?」
「宝の有りかを示しているのさ。矢印を追いかけていくと、宝が埋もれている場所に辿りつくらしい」
 大きな口を開け笑いながら、山中はハンドルを握っている。
 美奈子は目を輝かせながら両手を胸に当てた。
「へ~え、さすがに神秘的な国なのね」
「おいおい、国って何だよ。同じ日本だろう」
 ハンドルを持ったまま、山中は美奈子に横目をちらりとやり、眉をぴくりとつり上げた。
 窓の外では赤い矢印がまた通り過ぎた。
 美奈子はぺろっと小さく舌を出した。頬を揺らしながら、山中の顔を覗いた。
「えへっ、そうだね。飛行機で海を越えてきたから、てっきり、違う国かと錯覚したわ。でも、気温も風景も東京とは全然違うから、やっぱり、異国よね。素敵だと思わない?」
「良く分からないが、オレは東京の方が異国だと思うよ。夜中でも、昼間のように多くの人が街にいる。訳の分からない格好をした人間も沢山いるだろう」
 チラチラと美奈子の顔に目をやり、山中は鼻を少し曲げていた。
 対向車線では十台くらいのハーレーの列がのんびりと通り過ぎている。ハーレーの低く重たいエンジンのサウンドでワゴンの車体が鈍く震えた。
 美奈子は胸をつんと出した。
「それが、東京なの。日本の中心だからね」
「そうかな、日本の中心は地理的には長野県だろう。そういう石碑を、長野で見たことがあるよ」
 淡々とした口調で、山中は前を見つめながら運転をしている。
 前方に大きな牧場が見えてきた。
 美奈子は小さく首を横に振った。
「違うの、文化の中心って意味よ」
「それこそ、笑止千万、片腹痛いな。東京で流行るようなものは、軽いものが多く文化とは言えない。せいぜい、風俗止まりだろう」
 顔を崩し、山中は腹を揺らしていた。
車も路面の窪みを拾い、上下に小さく跳ね上がった。
「もういいの、知らない!」
 美奈子は弾む体をシートで踏ん張りながら、ぷいっと顔を横に向けた。唇を尖らせながら、窓の外を通り過ぎていく牧場の牛たちを眺めた。
 牛たちは首を垂らし、のんびりと草を食んでいた。白と黒の模様は日の光で煌き、身もぱんぱんに膨らんでいた。
 三十分くらい車は走った。エメラルド色の海に油が流れ込むように、黄色い絵の具がぷわりと広がった。ひまわりの群生が珊瑚礁のように緑の海に揺れている。小さな太陽に向かってひまわりは一生懸命に首を上げているようだった。
 珊瑚礁の向こうには銀色に輝く大きな半円の札幌ドームの屋根が現われた。巨大な宇宙船のようで、風に揺られながら濃い緑の海に浮かんでいた。
 ドームの手前にはサッカーのグランドが干してある。庭の縁側で布団を広げるようで、日の光を吸い込んだ薄緑の芝はふかふかに膨れ上がっていた。
 車はドームを通り過ぎて交差点を左へ入った。歩道には学校帰りの小学生たちが赤いランドセルを背負い、お喋りをしながら楽しそうに歩いている。手に持ったひまわりをグルグルと回し、ランドセルから下がる白い体育着の袋が揺れていた。
車は川沿いを進んだ。前方に小さな丘が見えてきた。丘の手前には、白い二階建ての工場が建っている。車は工場の門をくぐり抜け、正面玄関の前で止まった。
 美奈子は山中に促されて、扉にGUESTと書かれた玄関脇の小さな部屋に入った。何かお風呂場のような香りが漂っている。部屋の中は薄暗く、静まり返っていた。天井には薄青いランプがひっそりと灯っていた。
美奈子は少し不安になった。ソワソワと微妙な胸騒ぎが、全身を揺らす。何か変だなと、目をキョロキョロさせた。壁際には背もたれのない白い長椅子がベッドのように置いてあり、病院の治療室のような感じだった。奥の方には赤と青の扉が見えた。
美奈子はどう考えても取材をするような部屋ではないと思った。人気もなく、そんな部屋を写真に収めても何の価値もない。価値があるとすれば、ベッドで昼下がりの情事をするくらい。ちょっとドラマの見過ぎかなと、体を火照らしながら、両手で持っていたカメラの機材をヨイショと長椅子の上に置いた。
 すると、後ろの方でぱたんと、入ってきたドアを閉める音が聞こえた。美奈子は目を見開きながら後ろに振り返り、山中を見つめた。
 山中はにやけながら、両手でネクタイを緩め、美奈子に近づいてきた。
(ヤバッ! この人、やる気だわ。ダメダメ! 絶対嫌。こんなところで、何を考えているの。もう少し、ロマンチックなところで誘いなさいよ)
 美奈子は怯えた顔で後ろに一歩下がった。また一歩と繰り返し、背中が壁にぶつかった。もう下がれない。両手を壁に力強く押しつけながら目を瞑った。
「どうしたの、変な顔をして。時間がないから簡単に説明するよ。まず、着ているものは全部脱いでほしい。下着もね。それから・・・・・・」
「ちょっ、ちょっと、待ってよ! 私たち、まだ早いと思うわ。あなたの気持ちは嬉しいけれど、まだキスしかしていないし。それに、こんなところでは不味いと思うの。仕事中だし」
 大きく目を見開いた美奈子は、諭すような目つきで山中の顔を見つめた。
 山中は首を斜めに傾げながら美奈子の顔を覗き込んだ。
「はああ? 何か頭の中で凄くHな想像をしているだろう。ほら、この辺にアダルトビデオの映像が流れているよ」
 山中は美奈子の頭上の壁を、漫画の吹き出しのようになぞった。
「だって、ここで裸になれって・・・・・・」
 美奈子は真っ赤な顔で下を向いた。
「馬鹿、ここじゃないよ。右手の赤い扉の部屋、女子の殺菌ルームだよ。ロッカーがあるから、脱ぐのはそこ。オレはここで脱いで貰っても困らないけれどね」
 山中は美奈子の頭上の壁に左手をついた。ゆっくり顔を近づけながら美奈子の瞳を見つめた。
 慌てて軽く微笑みながら、美奈子は山中の唇をちょこんと吸った。左に体をずらし、山中の目を見つめながら赤い扉を後ろ手で開けた。
「私は困るから、部屋の中でするね」
「そうか、それは残念だね。部屋の壁に工場入場の詳しい手順が書いてあるから、それに従ってほしい。カメラの機材はこっちで消毒をするから、美奈子は手ぶらで入っていいよ。オレは青い扉から入るから遅れるな」
 山中は笑いながら長椅子の上のカメラ機材を軽く担ぎ、青い扉の部屋に消えた。
 美奈子は全身がバクバクだった。膝も揺れがひどく、立っているのがやっとだった。大きく息を吸いながら部屋に入った。
 美奈子は殺菌ルームの出口から工場の中に入った。工場はテニスコートが四面くらい入る広さだった。ぎっしりと銀色のコンベアが詰まっていた。天井の高さは普通のオフィースと変わらず、窓はなかった。でも、全ての蛍光灯が室内を優しく照らしていた。
山中の姿はまだ見えない。目の前をコンベアに運ばれている白い大福の行列が次から次へと通り過ぎていく。人の姿はどこにも見えず、シルバーグレーのロボットの沢山のアームが小刻みに忙しなく動いていた。
 シャワー上がりの体は火照りも引き、すがすがしかった。空調の風も心地良く、美奈子の体を靡いている。ロッカーの中に用意されていた白ずくめの服は、少し大きめでバスローブのような感じだった。頭にかぶった白い帽子は、頭の上で丸めた長髪を密封するように包み込み、大きなバスタオルを頭に巻きつけるようだった。まるで自宅でくつろぐような錯覚が広がった。
 でも、化粧を落としたことは少し不安だった。壁に書かれていた規則だから仕方がない。山中に素顔を見せるのは初めてだった。大丈夫かなと、ステンレスの柱に映った自分の顔を見つめながら美奈子は両手を頬につけた。
 暫くして、山中が工場に入ってきた。
「遅くなってごめん。カメラ機材の消毒に手間取った。久しぶりだから、消毒機が電源を入れても作動しなかったよ」
「大丈夫なの?」
 心配そうな顔で、美奈子は山中を見た。
 山中は左足でサッカーボールを蹴るまねをした。
「ちょっと、気合を入れてやったら動いたよ」
「凄く原始的で面白いのね。工場はこんなに最新式なのに」
 噴出しながら、美奈子は流れ過ぎる白い大福を見つめた。
 山中は美奈子の後ろから近づき、コンベアの上を流れる大福を二つ取った。一つを美奈子に手渡し、一口かじりながら話し出した。
「そうさ、機械は元々単純なものさ。この工場だってIT化で無人運転をしているけれど、一個一個の部品を見れば驚くくらいに単純なものだよ。それが、数万も集まっているから複雑そうに見える。そこの柱を蹴るだけで、この工場も動いたり止まったりするのだよ」
「えっ、そうなの?」
 目を丸くした美奈子は、大福を喉に詰まらせながら山中を見つめた。少し涙が出た。
 山中は体を揺らしながら大きく笑った。
「はっはあ、冗談だよ。そんなこと、ある訳ないだろう」
 山中は美奈子の手を取り、コンベア沿いに歩き出した。
 美奈子は山中の顔を見ながら頬を広げ、ふわふわと歩いた。
 山中は沢山のロボットが動いている辺りで足を止めた。右手を横に振りながら撮影場所を示した。
「この辺りが良さそうだね」
 美奈子は両手で四角を作り、周辺を覗き込んだ。
「う~ん、ちょっとイマイチかも」
「そうかな。IT化を全面的にアピールしたいから、ロボットが沢山写る辺りがいいと思う」
「ゴチャゴチャし過ぎて、ここじゃ、アピールしたいものが見えなくなるわ。あの辺りの、小ぢんまりとした所が良いかも」
 美奈子は口を開けて白い歯を零しながら、工場の隅で動いているロボットを指さした。
「分かった、任せるよ」
山中は腕を組んで静にうなずいた。
 二人は工場の隅へ歩いた。
 機材を組み立てた美奈子はファインダーを覗いた。顔を上げ振り返り、右手でOKのサインを山中へ送った。
 山中もファインダーを覗く。
「さすがだね。ここでいいよ」
 顔を上げた山中はカメラの後ろから体を横に動かした。感心したような表情で首を上下に動かし、美奈子の顔を眺めていた。
 美奈子は再びファインダーを覗き、辺り一面に稲妻を飛ばしながら夢中でシャッターを切った。
「美奈子も大変だね。カメラマン兼務とは。他の業者は三人くらいのチームだよ。一人で来るとは思わなかった。でも、オレは余計な人間がいないほうが嬉しいけれどな」
「うちの会社は人使いが荒いの。小さいから人も少ないしね。デザイナーと言っても、何でもやらされるわ」
「それも考えようによっては、色々なことが身について良いかもしれないな」
「それはそうだけれども、身がもたないわ。私はそろそろデザインの仕事に専念したいの」
「北海道に住む気があるのなら、出入の業者に口を聞いてあげてもいいよ。そこは、デザイナーをカメラマンに使うようなことはしないさ」
 美奈子はシャターを切るのを止め、顔を上げた。横を向き、微笑みを浮かべながら山中を見た。
「ありがとう。でも、北海道の暮らしはまだ良く分からないから、考えておくわ」
「そうか、気が向いたら、いつでも相談してほしいな」
 山中は目を崩し、半開きの口で笑いながら美奈子を見つめていた。
 二人の脇では白い大福が軍隊の隊列のように規則正しく通り過ぎていく。ロボットは休むことなく、黙々とアームを動かしながら大福を作り続けている。アームを動かす音はリズミカルで行進曲を奏でるようだった。

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テーマ : オリジナル小説
ジャンル : 小説・文学

Keyword : 小説 恋愛 ルビー

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夢野広志(むのひろし)

Author:夢野広志(むのひろし)
小説の夢見へようこそ♪
オリジナルの恋愛小説を書いています。
不思議な宝石の物語を掲載中です。

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